ラジ茶、あります
 
ラジ観察日記のパスを忘れた誰かさんのための日記
 



2011年10月を表示

橋(後篇)

 古びたコートの立てた襟と、目深に被ったつばの大きな帽子のせいで、表情は定かでなく、小柄な子どもの瞳には真一文字に引いた薄い唇だけがかろうじて映る。二人分の体重を支えるにはあまりにも頼りない橋が、ぎしり、ぎしりと不穏な音を立てる。耳を塞ぎたくなるような悲鳴が止む気配はない。
 「君は、薬を買いに行きたいんだね」
 意外にも、その口は開いた。(さらに意外なことに、男は饒舌だった。)
 「私はあちら側から来たのだが、」
頷くこともできずに青ざめている子どもへと、言葉を紡ぐ。
 「橋を渡ってきたということは、頼まれ物だね。家族の分もあるのかい」
 不思議な声音につられて、子どもは返した。
 「お、お、おかあさ、さんの」
 喉がカラカラに乾いている。舌がもつれる。
 「そうか。大事なお母さんの薬か。それは無事に渡らないといけないね」
 男は口調を変えぬまま、穏やかに答えた。手を出すように言い、伸ばされた小さな左手へと、よれよれのコートから何かを取り出して持たせた。
 「これをしっかりと握ってごらん。そうして、目を固く瞑るんだ。」
 掌に収まるほどの大きさで、じんわりと温かく、しっとりしている。丸みを帯び、弾力がある。子どもが今手にしたものを見ようとすると、見るな。男は素早くそれを制し、びくんと反応した肩に声を和らげて、いいと言うまで、と付け加えた。
 慌てて折り曲げた四本の指を、確認するように強く押さえ込むと、男はさあ、と囁いた。もはや瞬きさえ、橋を揺らす呼び水となるような気がした。子どもは体を強張らせ、立ちすくむ。上から降ってくる声は風貌に似合わず慕わしかったので、このまま従ってもいい気がする。だが、全く怖れがないわけでもなかった。すぐに何もかも言いなりになるのにはためらわれ、薄目で男の膝を眺める。さあ。脛に差し掛かった視線を散らすようにもう一度囁く声に、今度こそ子どもは温かいミルクを飲むときのように目を伏せ、幾重にも迫る闇を迎えると、ついに何も見えなくなった。
 川はいよいよ勢いを増し、渓谷の土を齧り取ってはまた水面の色を変えていく。目を閉じていても、いや、閉じているからこそ音によって想像は否応なしに増大する。幼い心までも削られぬよう、子どもは左手の中の何かを固く固く固く握りしめる。獣の唸り声のような風が吹き、橋は重みを空中へ放つ。川の轟きは一層激しさを増す。色素の薄いうなじをあらわにする風が去ると感じられる、自身の体温と手中の温もりだけが、自分が一個体であるという意識を引き留めている。
 鼓膜を突くような音が消え、力強い羽ばたきが聞こえるようになっても、子どもはしばらく目を瞑ったままでいた。ため息のような問いに、答えは返ってこない。口の中で百を数え(父の帰りを待つ時など、母はよく数を数えさせた)、蕾が咲くように瞼を開けた。風は落ち葉をくるくると踊らせながら凪ぎ、川は山羊の毛並みを思わせるたおやかさで流れている。橋があり、子どもがおり、男はなかった。おずおずと首だけで辺りを見回すも、それらしき人影は見当たらない。透明になるのを助けてくれた左手の何かに目を落としたが、握っても開いても、見慣れた掌しかない。
 何度も撥ねた水飛沫の、どれが男の背を打ち、飛んだものだったろう。あのまま二人がじりじりとすれ違っても、床板を踏み抜かずにいられる保証はなかった。
 男が何者だったのか知る術はない。「あちら側」とは、今目指している対岸の先なのか、それとも与り知らぬ遠くも近くもないどこかなのか。人か人でないか。仮に男が空へ還ったとして、真上に戻ったか真下から上ったかの違いしかない。粛として訪れる冬の影に耐えられなかったのだろうか。子どもは供物を捧げる時のような動作で、見えないうちに孵った卵をポケットにしまい、蓋を被せた。子どもを受け入れた橋は一度も揺れず、二度と棘は刺さらなかった。
 絡まった蔦は結び目に気付けばほどくのは容易い。半分ほどの時で渡りきり、初めての砂地を踏みしめると、ぐにゃぐにゃと波打つ靴裏の感触に驚いた。昼は次第に身を隠し、機を織るように宵が現れる。ポケットをそっと撫ぜた。立ち込める豊満な緑の匂いが、既に遥か昔に嗅いだものであるかのように思われる。子どもは慣れぬ足取りのまま、灯りの方へと駆け出した。
 やがて、橋は崩れ落ち、その寿命を迎えた。新たな橋梁が架けられたという話はない。



10月30日(日)22:28 | トラックバック(0) | コメント(3) | 趣味 | 管理

橋(前篇)

 「さあ」
 男は口を開いた。

 朝から山羊がひっきりなしに鳴き、自らの尻を追いかけて延々と回り続ける日だった。楢や欅はいつになくざわめき、空は6年前の災いの日と同じ色をしていた。得体の知れない何かが、その大きな体内に一帯を包んでいるかのようだった。
 しかし行かないわけにはいかなかった。元より体の弱い母の飲み薬は、山一つ向こうの町にしかない。加えて、薬売りが来るのは季節の変わり目の一日のみである。この集落に住む人々は閉鎖的な気風を好み、外へ出ることを良しとしなかったので、代々踏襲される通過儀礼の一つとして、つがとれた子どもが遣い役を与えられる習わしであった。今秋も例外ではなく、おとつい十を数えたばかりのその家の子どもが務めることとなる。
 自らの背丈よりも高い草をかき分けながら、子どもは谷を目指していた。頼りは手にした紙(その界隈の子どもたちを取りまとめている、七つ上の少年が書いた地図)と、今にも茂みに覆われそうな、木暗い獣道のみ。この道を行けば、じきに橋に出るはずである。昼前には家を出たというのに、いまだちらとも見えない目印を求めて、子どもは足を速めた。
 辿り着いた橋を見て、先ほどまで母への愛を胸に、休むことなく交互に運んできた爪先が固まった。老朽化した華奢な吊り橋は、秋風に酔わされ、牛の尾のように揺れていた。里と町とを結ぶ唯一の橋、蔓を縒って作られた細い手すりは、遠目にもほつれかかっており、雨風に何十年とさらされ続けてきたであろう、板を繋いだだけのひ弱な桁は、小鳩が止まり木に使っただけでもひび割れそうで、荒々しい濁流の上に立つにはあまりにも心許ない。波が再び岩肌で爆ぜるまでの数秒、子どもは立ち止まり、そしてすうと息を吐いた。
 幾たびもの狩りでも怯まなかった勇敢な祖父の血を、子どもは受け継いでいた。(ある日森の奥で彼の靴や引きちぎれた衣服が見つかった。)紙を背の革袋にしまい、人一人分ほどしかない橋を、両手でしがみつきながら渡っていく。力を入れるほどに棘が柔らかい腹の指を刺したが、後悔しそうになる気持ちを紛らわせるためにその痛みは必要だった。まばらな足場から伺える、眼下の暴れる川をできるだけ見ないよう、向こう岸ただ一点を睨み、一歩、また一歩と進んでいく。膝のきしみは、立ち止まったならば今にも笑いだしそうな兆しを孕んでいる。
 影さえも飲み込むような曇天の下、俯きそうになる顔を、母を思い浮かべることでこらえた。まるで悍馬のような橋の手綱を取り、途方もない時間をかけ、ようやく央ばまで差し掛かった。ほんの少し安堵して、無数の空を切る落葉に目を奪われ、前を見据えなおすと、男が立っていた。



10月30日(日)22:25 | トラックバック(0) | コメント(0) | 趣味 | 管理


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