ラジ茶、あります
 
ラジ観察日記のパスを忘れた誰かさんのための日記
 



食べ合わせ

超短編小説会のキーワードを使ってお話を作るお祭りがあります。
※時速100キロ・迷子・おくる・言葉・居場所・狂科学者・密室・マンモス・味の飴・あべこべ・ロボット・けなげな・長森さん・おちて・こなくなった・文学少女・漂流記・夢みる・時間・温暖化・人類・リスト  をのうちどれかを使うこと、っていうルールがあります。私は全部使いました。




 昨日、振られた。その事実が今頃になってじわじわと重くのしかかってくる。ふたご座流星群なんて嫌いだ、あんなに願掛けをしたのに。ベッドからキクラゲが生えそうなほど淀んだ気が溢れている。腰に力が入らない。もし今バレーボール大会に出たら顔面でトスをしてブーイングを浴びることになるだろう。レシーブはかわされているし、アタックなんてとんでもない。そのまま大の字にうつ伏せで倒れ、勝ってもいないのにと物を投げられるに違いない。そもそも僕の運動機能は著しく脆弱である。
 ありがちな「他のことをして気を紛らわす」という古典的作戦で、可及的速やかに振られた現実など忘れてしまうことにした。じっとしている間にもすぐに涙腺が緩む。安売りのティッシュペーパーはすでに一箱なくなった。考え事をしてはいけない。必死に体を動かし続ける作業がいい。バレンタインデーより前に訪れる2月の一大イベント、節分に全力を尽くそう。そう、太巻きだ。練習しよう。二箱目を開けて鼻をかむ。財布と家の鍵と燃えるゴミだけを手に、スニーカーをつっかけスーパーへ走った。
 
 料理なんて大してやったことはないのだし、いっそのこと独創的なアレンジで世間を席巻するくらいの勢いでいこう。卵にキュウリに桜でんぶ。食材選びに悩んで思い返してしまうくらいならと、ロボットのように手当たり次第かごに放り込む。トマトにあんこに餃子の皮。一緒に行く予定だった、フレンチレストラン用にとっておいたなけなしのボーナスがある。牛フィレ肉にシュークリームにえのきだけ。鮮魚コーナーで迷子になりながらも、アオリイカ片手になんとかレジにたどり着き、やじろべえのように揺れながら帰る。
それでも米を研いでいるときなど、気づけば昨日の言葉が頭を渦巻いている。十五少年漂流記が愛読書でありそうな、生真面目な文学少女は顔を上げなかった。ごめんなさい、面白い人がタイプなの。
知らなかった。1月の駅前は、地球温暖化阻止に一役買えるような、冷凍庫効果ガスが蔓延するエリアだったのか。夢見るひとときはものの一時間で潰えた。気まずい空気に落ち着けなげな様子に、平気だ元気だアジャパーと謎のオーバーリアクションをとってみせる。改札へ向かう背中を呆然と見送ると、北風が冷たく吹きつけた。足を止め眺めていた聴衆が一斉に目を背ける。既に二重三重の意味で居場所がなく、地下鉄のホームへ時速100キロ(心象イメージ含む)で駆け降りた。

 また考え込んでいた。頭を振る。煮込んだポップコーンにヨーグルトを投入する。あの子のためなら痩せ我慢もする。鰹の刺身に練乳をかける。某羊の肉味の飴だって耐えきってみせる。ろくに冒険したことのない、しがないモラリストである自分にとっては、何もかもが0からのスタートなのだ。世間知らずだとかおぼっちゃんと詰られたって、すぐに変われるもんじゃあないんだ。みかんに醤油を垂らしてもウニの味にはならない。面白みってなんだ。既に狭いキッチンは狂科学者の研究室さながらの様相で、鍋から零れ落ちている緑色の物体Xは得体のしれないアルコール臭を発している。
 用意した分量はテーブル大などと可愛らしいものではない。床にビニールシートを敷き、焼き海苔(業務用)を八袋並べきる。窓を開けなかったので小さなワンルームは密室と化す。充満したXの香りによりさっきから頭は朦朧としていて、下戸の僕は変に気が大きくなってきた。今こそ昔から貼られ続けている似たようなレッテルを剥がす時ではないのか。上司に始まり一通り人類を呪い喚きながら、おぼつかない手つきで白米を叩きつけていく。それに無駄に色鮮やかな数十の具材を乗せる。しかし、超高校生級サイズである。オリンピック候補になれる。自重のあまりまったく巻簾が意味をなさない。なにしろ全長が7mあるのだ。一人の力では無理がある。

「長森さん、巨大恵方巻きが作れません」
 酢飯でベタベタになった手で電話をかけた。もしもし、という声が聞こえただけで涙がこみ上げる。ロールケーキをポン酢で和えたっていい。やっぱり彼女を諦めることなんてできない。嗚咽混じりの声を、彼女は黙って聞いていた。
 ここまで自分に女々しい部分があるとは思っていなかった。酩酊した頭の片隅で昨日の今日で何をやっているんだ、明日会社どうしよう、と考えている。ソファで大の大人が丸まっている図は非常に情けない。ついに沈黙である。
とても、とても長い静寂の後、短い笑い声が上がり、
「手伝いに行くわ」
ブリアンのような澄んだ声で返事があった。



1月22日(火)20:08 | トラックバック(0) | コメント(0) | 趣味 | 管理

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